どれだけAIが発達しても語学がムダにならない理由

近頃、「Google翻訳なんかがどんどん発達してる時代なんだから、英語の勉強なんて頑張ってもムダだよ」なんて声がよく聞かれますが、本当にそうなんでしょうか?

ということは、AIがもっともっと発達したあかつきには、いままで外語大に通ったり人生を語学に費やしてきた人たちにとっては「時間をドブに捨てたも同然」な事態になるんでしょうか?

あごながおじさん自身は、「いや、そんな心配は無用なはずだ」と確信しています。そして、そう思っているのにはちゃんと理由もあります。

英語や語学を学ぶということは、これからもあなたのキャリアや人生を豊かにしてくれる協力な武器になるはずです。そう考える理由をシェアしていきたいと思います。

チェスのチャンピオンがコンピュータに負けたのは1996年。ところがチェスの競技人口はいまだに5億人。

たぶん、あなたも「チェスのチャンピオンがコンピュータに負けたことがある」ってのは聞いたことあるんじゃないでしょうか?

あごながおじさん自身はチェスなんてやったことないしルールも知らないわけで受けど、それでも「もう(たとえどんな天才でも)人間の知力ではコンピュータに絶対叶わないのか…」と思うと悲しくなりますね。人間としてね。

チェス関係者の間では、「これをきっかけにチェス人口が激減していくだろう」と本気で心配されてたようです。

ところが。

じつはこの事件のあと、チェスプレーヤーの人口が減ったり、ということは起こらなかったようです。チェス関係者の人たちの心配は杞憂に終わったわけです。

チェスの競技人口はいまだに5億人もいるそうです。ということは、10人にひとりはプレイしてる計算になりますね。衰退の心配なんて何のそのですよ。

 

じつはチェスだけじゃなく、将棋の世界でも同じような事件があったみたいです。

なんでも2012年、将棋の世界で当時いちばん強かった、米長邦雄永世棋聖(チャンピオン?)がコンピュータ相手に大敗するという出来事があったとのこと。(ついさっき知りました…)

でもやっぱり「もう将棋なんて終わりだね」とはならなかったようなんですね。

それどころか、藤井4段が14歳で羽生竜王を打ち破ったニュース、あれが話題になったのってずいぶん最近ですよね。あれがきっかけで将棋に関心持った人、ずいぶんいましたよね?コミックでも。将棋がテーマの作品が人気を集めてるみたいじゃないですか。

実際、当時最強の棋士だった米長邦雄がコンピュータに敗北した2012年、将棋人口は800万人ちょっと。それ以降、将棋人口は微増したり微減したりして、実質ほぼ横ばいのまま推移してきてるみたいですよ。

 

・・・どうも、チェスや将棋の事例を見ると、「人間が勝てないゲームは廃れて無くなってしまう」というわけではないことがわかります。

というのも、チェスや将棋やその他のボードゲームが楽しまれるのは、あくまでも「人間同士で思考力を競いあう」というところに楽しさの本質があるわけです。なので、チェスや将棋をプレイしている人たちにとってはあまり関係ないわけです。あくまでも「自分が他の人間よりも強いか、ほかの人間と戦って勝てるか」っていうのが重要なわけなので。

 

人間は素手で動物に勝てないのに、いつの時代も“格闘技”はヤンチャな人たちを惹きつける

チェスや将棋よりももっとわかりやすい例があります。

ボクシングや柔道などの格闘技です。

どんなにケンカが強い人であっても素手で動物に勝てないのは、原始人の時代からわかってたわけです。だからこそ槍とか弓矢とかが作られたわけですから。

たしか、プロボクサーか空手のチャンピオンの話だったかと思いますが、強くなるトレーニングの一環として、ブタ小屋にいるブタを殴る蹴るし続けたらしいんですよ。

「うわー、ブタさんかわいそう」って思うじゃないですか?

でも、その格闘家の暴力の結果なにが起こったかというと、ブタさんに格闘家のパンチやキックはいっさい効かなくて、何事もなかったかのように「ブヒブヒ」言いながら元気に走りまわってたみたいなんですね。最終的には格闘家のほうが疲れて殴るのをやめちゃったらしいです。

相手がブタさんですらこれですから、ライオンとか熊には絶対にかなわないわけです。人間の腕力なんて所詮そんなもんなんです。

ところが、ボクシングやK-1にあこがれる人にとってはそんなの関係ないわけです。

「人間はぜったいに素手じゃ動物に勝てない」っていうのは原始時代にはすでにわかっていたはずですが、それでも格闘技というのは歴史が始まって以来、ずっと廃れることなく続いてきたわけです。

下の絵を見てみてください。

じつはこれ、紀元前16世紀に描かれたボクシングの対戦です。

たしかギリシャあたりで発掘された絵だったと思いますが、ボクシングは3500年も前にすでに競技化されていたわけですね。同じくレスリングも、この時代にはすでに競技化されていたみたいですよ。

(ちなみにいうと、紀元前のボクサーたちの戦い方というのは現代のボクシングとほとんど変わらないみたいです。紀元前のボクサーたちもジャブ、ストレート、フック、アッパーといった技で戦っていたらしいです)

格闘技の場合にしても、「どれだけ強くなっても動物にはかなわないんだから、やってもムダだよね」とはならないですよね?もしそうなら、紀元前からボクシングとかレスリングが続いてるわけないですから。

 

要するに、格闘技に興味を持つ人の場合も、「人間同士のあいだで強ければいいんだ!」っていうことなんです。「どれだけ強くなっても動物にはかなわないから」とかはどうでもいいんです。あくまで人間同士での競争に勝てることが大事なんですから。

おなじ理由で、「人間がどれだけ速く走っても馬には勝てない」とわかってても、ウサインボルトは英雄なんですよ。

(ウサインボルト、フォーブスによれば資産3420万ドル(約37億6000万円)のお金持ちみたいですよ。「足が速いこと」は現代でも金になるんです)

 

長々書いてきましたが、ここで本題。語学力はこれからもずっと、あなたの強力な武器なのです

チェスや格闘技を例にあげてきましたけど、語学の場合もおなじで、「人工知能のほうがうまくできる」からといって、「人間がやる意味はない」とはならないはずです。

たしかに、英文を日本語に翻訳したりといった「作業」は、かなりの程度AIが代わりにやってくれるようになるだろうし、翻訳業みたいな仕事へのニーズは減少するでしょう。

だけどそれはあくまでも「作業」の面の話であって、人と人が面とむかってコミュニケーションを取るときのことを考えれば、「英語がしゃべれる」ことは依然として強みになるはずです。

誰だって、翻訳機ごしにコミュニケーションするよりも直接しゃべってコミュニケーションを取れる相手のほうが親近感を感じるはずです。翻訳機を使わないとコミュニケーションできない人とは、仕事相手としてはよくても、友達にするには面倒くさいと思いませんか?

日本人同士での会話でもそうですが、人と話す時って、「相手の話の意味がわかるか」だけじゃなくて、「話し方が洗練されてる」かどうか次第で「知性的な人だな」とか「幼稚な人だな」とか判断しますよね?いろんなメッセージを汲み取ろうとしますよね?

国と国との外交交渉の場なんかでも、それぞれの国の政治家同士・外交官同士が「相手に好感をもてるかどうか」でだいぶ結果が左右されちゃうみたいです。予想以上に、合理的な要素だけじゃなく、人情というか、ウェットな要素が絡んでるってことですね。このあたりの話は元外交官作家の佐藤優さんの本なんかに詳しく描かれてるので、興味があったら一読してみてください。

 

結局、外国人と話す時も、機械に翻訳してもらうより、直接言葉を操ってコミュニケーションできる人の方があきらかに有利なわけですね。

というわけで、英語や第二外国語の勉強をがんばっている人は、「人工知能が発達したら無意味になっちゃうんじゃないの?」というような心配はしなくてもぜんぜん大丈夫です。これからも精進していきましょう。

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