「日本の英語教育は終わってる」という意見が終わっている理由

おはよう、あごながおじさんだ。

あなたはよく、「日本の英語教育って終わってるよね」という意見を耳にしないだろうか?
(もしかしたら、あなた自身も日頃、同じようなことを言っているかもしれないな?)

・・・まあ、なにを隠そうこのあごながおじさんも、大学生の頃ぐらいまでは同じようなことを思っていたわけだが、
いまは180度真逆だ。

はっきり言おう。
「“日本の英語教育は終わってる”という意見こそ終わってる」。

今日は「日本人の多くが英語を喋れない本当の理由」というテーマについて語っていくぞ。

結論:日本人が英語を話せないのは「練習量が足りないから」。「教育の質」の問題じゃない

最初に結論から言うが、「日本人が英語を話せないのは、練習量が足りないから。」だ。

「は?そんなこと言ったって、中学で3年間、高校で3年間、トータルで6年間も勉強してるのに喋れないじゃねーか?それで“練習量が足りない”って、一体どれだけ勉強すれば良いって言うつもりだ?」

こんなあなたの声が聞こえてきた気がした。

それに対する答えはコレだ。
「じゃあその6年間、“毎日欠かさず英語を勉強”してきたのか?」
「正しくは“6年間英語を学んだ”じゃなくて“英語を習う期間が6年間あっただけ(継続的に6年間勉強していたわけではない)”だろ?」

・・・どうだ、図星じゃないか?
仮に6年間、学校の授業以外の自習なんかもプラスして、毎日1時間だけでもキッチリ勉強したとすると、
6年間で365日×1時間、トータルおよそ2,000時間になるわけだが、そんなに勉強したわけじゃないだろう?

日本語ペラペラな外国人はただ“大量の時間”勉強してるだけ


「・・・うぐッ。確かに、毎日英語を勉強したわけじゃないことは認める。・・・だけど、日本語ペラペラな外国人の中には、“1年間勉強したんだから話せて当然ですよ”なんて人もいるし、やっぱり学校の英語教育の効率が悪いのは間違いないんじゃないの?」なんて思ってるかもしれないな?

たしかに、日本に来てる日本語ペラペラの外国人なんかと会話すると、「日本語お上手ですね?」「えっ、1年しか勉強してないのにそんなにお上手なんですか?」という感じになったりするのは確かだ。

・・・だが、安心しろ。
それは日本の英語教育が特別効率が悪いわけでも、日本人がガイジンに比べて頭が悪いわけでもない。
それはただ単に、その外国人が「“毎日6時間×365日=2,000時間”、日本語の勉強をキッチリこなしただけ」の話だ

勉強する期間は短期間でも、毎日まとまった時間を語学に割けば、義務教育期間中に「たま〜に英語を勉強する日もあります笑」程度の日本人が6年間かけてダラダラ勉強する時間のトータル学習量を1年間で追い越すことは難しくない。
(余談だが、日本文化に興味がある外国人なんかは、暇があればマンガを日本語で読んだり、日本語の歌詞の音楽を聴いたりしてる。机に向かってる時間以外も日本語のコンテンツで楽しんでる時間を含めれば、「毎日5〜6時間の語学」というのは大変なようで実はそうでもない)

どうだ?
ここまでオレのアゴの長さ並みに長々と語ってきたが、要するに我々日本人に足りていないのは「英語を勉強するトータルの時間量」だ。
学校教育の内容をうんぬんかんぬん言ってるヒマがあったら、1分1秒でも多くの時間を英語学習にあてるべきだし、また「どうやったらサボらず継続的に英語学習するモチベーションを保てるか?」を考えたほうが有意義なんじゃないか?

「“他の国に比べて英語話せる人が少ない”のが学校英語が間違ってる証拠」という寝言への反論


よく、「韓国やフィリピンは英語が話せる人が日本より多いんだから、教育の仕組みが違うに決まっている!」という意見を言う人がいるが、果たして彼らは正しいのだろうか?

これも結論から先に言うと、「日本はフィリピンやインドに比べて英語が必須となりにくい社会」というのが理由だ。
どういうことか?

まず思い出してほしいのが、「日本は世界で11番目の人口大国」だという点。
日本は人口1億人を超える国だが、「人口が1億人以上いる国では、海外輸出に頼らなくとも内需で消費を回せる」と言われている。
難しい言い方をしたが、要は「必ずしも海外向けに商品を売らなくとも、国内のお客さんだけを相手にしておけばほとんどの会社は潰れないし、サラリーマンも日本語さえ話せれば仕事ができる」ということなんだ。

実際、あなたの周りにいる大人で「英語が話せないから会社にクビになった」「英語が話せないから就職できなかった」という話は聞かないだろう?

人口問題の他にも「英語話者が多い国」と、「英語話者が少ない日本」には「歴史の面」で大きな違いがある。

ご存知のように、日本や中国、韓国を除いて、アジアのほとんどの国は「欧米の植民地」として200〜300年のあいだ支配されてきた。
このように、「外国に支配される社会」となると何が起こるか。

そこでは、「宗主国(支配している側の国)の言語を話せる人材がエリート扱いされて引き上げられ、そうでない人材は付加価値の低い仕事に就かざるを得ない」状態になる。
つまり、「語学ができる人材」と「そうでない人材」の間で仕事の差、収入の差、暮らしの差ができてしまう。

だから、少しでもいい暮らしをしたいという“意識の高い”人材は、必死で語学に打ち込むのだ。
それこそ、「学校で習うだけじゃ他のみんなと差がつけられない!空き時間でもっと勉強して差をつけなければ・・・」というノリだ。

その点、日本は他の国に支配された歴史がないし、経済的にも強い状態が続いて外国への依存が弱かった。
実際、「外国語が話せないと良い仕事につけない!」なんてことはないだろう?

これが、「日本人がフィリピンやインドのように英語話者が多くない」根本原因だ。
英語ができなくても会社で出世できる社会だった(ただし、いまは状況が変わってきているぞ)からこそ、
ほとんどの人は「英語の勉強なんて試験に受かる最低ラインだけやればOKだよね♪」となるわけだ。

「日本は世界に比べて英語が上手くないのは学校教育がウンヌンカンヌン」みたいなことを言ってる人たちは、
こういう歴史とか国際情勢を無視してしゃべっているわけだ。
英語以前に社会科の勉強が足りていない。

・・・日本に限らず英語話者が多い国にも言えることだが、
学校英語は“英語が話せるきっかけ”を提供しているだけに過ぎない
どこの国でも英語が話せる人は、学校で覚えた英単語や英文法を土台にして
さらに自分でも勉強してるから話せるようになるだけだ。

「学校で体育の授業があるからといってみんなムキムキになったり健康になれるわけじゃない」
「だからといって体育の授業がないと、一生運動に縁がなくてヒドい状態になる人が増えるから、せめて“体を鍛えるきっかけ”は提供している」という話だ。

“日本の英語教育はアウトプットの機会が少ないからダメ”だなんて言っちゃダメな理由

まず、「英語はインプットの勉強抜きでアウトプットしようとしても何も出てこない」という、太陽が東から昇って西に沈むのと同じぐらい普遍的な事実がある。

当然だ。
一度も聞いたこともなければ本で読んだことのない言葉が口をついて出てくるなんてこと考えられるか?
前世の記憶でも残ってない限り、そんなことは起こるはずがない。
俺たちが道で外国人に道を聞かれた時に出せる英単語は、教科書で読んだり単語帳で何度も反復したり、つまりインプットしてきた結果として出てくるものだ。

こういうインプットの時間を削って会話練習の時間を無理やり増やしたところで、
「ハロー」とか「アイムファインテンキューw」ぐらいしか出せる自信ないだろ?

実際、学校教育で「アウトプットの練習に多くの時間を割いています!」とアピールしている国も、
別に読み書きや文法などのインプット学習を軽視しているわけじゃないし、インプットとアウトプットの割合が1対9になっているとかいうわけじゃない。

そうじゃなくて、インプットの時間は日本の英語教育と同じぐらい確保した上で、プラスアルファとして上乗せでアウトプットの時間を増やしているだけだ。
このような教育方針はフィンランドなど北欧の国で多く見られる。

北欧は機構が寒くて人口が少ない国が多く(例えばフィンランドの人口はたったの550万人)、国内の人口だけを相手にして商売を成り立たせられないから、必然的に英語圏をはじめとした外国市場に目を向けざるを得ない。
だからこそ外国語教育に多めに時間を割り当てることになるし、日本と同じかそれ以上にインプットの時間を確保した上で、アウトプット的な教育にも時間を割いているのだ。

こういった事実をミスリーディングして、「外国人は実践的なアウトプットを重視してるから英語が話せるんだ、かわいそうな日本人w」とかうわべだけを見るような解釈をして、アウトプット重視(笑)の道に走るのは無意味だからヤメトケ。
英単語のボキャブラリーを増やしたり最低限の英文法を理解してない状態で外国人に話しかけても話持たないだろ。

せいぜい、
「ワ、ワッツユアネーム?」
みたいに相手の外人からしたら「なんで初対面でそんなこと聞いてくるんだ?」とはてなマークが浮かぶようなどうでもいい質問を投げかけるしかなかったり、
何か答えてもらうたびにいちいち
「オー、ザッツグーッド!」
みたいなお追随を言って愛想笑いを浮かべることでしか場を持たせられなくて、
惨めな気持ちになるだけやけんね。

・・・あなたはそんな可哀想な日本人になることのないよう、しっかり英単語や英文法のルールをインプットしてボキャブラリーも増やした上で外国人との会話に臨んでくれ。
「口から出てくる言葉は過去に読んだり聞いたりして頭に入れた言葉だ」ということを忘れないでほしい。
「インプット9割・アウトプット1割」ぐらいの比率で全然かまわない。
大切なことはこの比率を逆転させることではなく、むしろこの比率を守った上で「英語学習時間の絶対量を増やすこと」だ。

効率的なインプットのためには「リーディングの時間を増やす」こと


なんとも意外な話だが、「学校の教育って読み書きに偏ってるからダメだよね」と言われて批判されることの多い「リーディング」こそ英語が話せるようになるための土台となる勉強法だ。

英語の文章をリーディングすることで、単語のボキャブラリーが記憶に定着するだけでなく、「文章としての英語」が口から出てくるようにするための素地になる。
実際、単語帳だけでボキャブラリーを増やすと実際の英会話でも「単語だけはよく出てくるけど、ちゃんと文章として口から出せなくて、たどたどしい会話しかできない」状態になりやすい。

例えばあなたが日本語勉強中の外国人労働者と話していて、「俺、仕事、メーカー、自動車、設計者、3年!」みたいな“単語の羅列的”な言い方をされると、「なんかギリギリ意味わからなくもないけど、頭悪そうだな…?」と感じるんじゃないだろうか?
単語帳だけで学習する弊害がこれだ。
(だからと言って単語帳で勉強するのが悪いというわけじゃない。あくまでも「単語帳でボキャブラリーを増やしたら、次は英文をたくさん読んで自然な英語表現を覚えよう」という話だ)

そもそも、同じ日本人でも「本をたくさん読む人」と「読書習慣がまったくない人」の間では、ボキャブラリーや会話表現の上手さに天と地ほどの差があったりするだろう!

こういった事実があるのに、“実際に英語が話せるわけでもないのに学校の英語教育を批判している人”に限って、リーディングの勉強を馬鹿にしていたりする。

あなたが実践的な英語力をつけようと頑張っているなら、悪いことは言わない。
もっとたくさん英語の本を読んだり、英字新聞を読んで、ボキャブラリーを磨いてほしい。
それを心がけるだけで、インプットの量が足りていない9割9分の英語学習者と差がつけられる。

具体的なリーディングの教材の選び方については、英語で多読をするならGraded Readersがオススメ!を参考にしてくれ。

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